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日産感想

(別ジャンル日記より抜粋)

今回よい子な感じでホテルに戻ってきたかほりです。あと5歳若ければな…(何が)
まあ年甲斐もなく席乗り越えたりヒール脱いだりしましたが。
ちなみにヒールで飛ぶの、試合でも慣れてるんで、基本的には上手いです。でも昨日は傾斜が怖すぎた…

しかしはじめはどんな糞席寄越すんじゃこら!と思ったけど、今日真ん前に大将が来てくれてグッジョブ公式!と思いました。
その間約5メートル?いやもうちょっとあるかな…


昨夜や今夜のことを語りはじめるとキリがない上キモイと思うのでこの辺で。
とりあえず、1992年1月、絶望したすべての人が救われてたらいい。
私も昨日憑き物が落ちました。

花道真横だった

(当時のブログより転載)

今だから言うけど、私の席はアリーナC13だった。
しかも一列目。左からン番目。
ということは、ほ、ほんの目と鼻の先にですなー!!
トシに追いかけられるよっちゃんとか、ヒースとトシとくんずほぐれつなよっちゃんとか…

いやよっちゃん言うてますが、パタ以外全員間近でガン見しました。
杉様足ながっ!! ということとか、リアルによく判りました。
イケメンは想像以上にイケメンだったし、よっちゃんは想像どおりにきれいでした**
あ、あんな近くにメンバーを見たのは初めてかもしれない…
見上げたら奴が!! という感じで超良席でしたv
ありがとうYm!!

ライヴ自体は…
色々な試みはあったものの、やっぱり基本的なセトリはかわらず。
でも、ダリアが!! 新曲が!!
超幸せでしたよ~**
でもなんか新曲、2曲くらいに分かれて聞こえたくらい途中でイメージ変わる。
い、1曲だよね?;


久々にヘドバンできたし初めてペンライト振ってみたし、初めて銀テープ持ち帰ったし、超良席だったし幸せですv
しかもこのホテル朝まで人工温泉入り放題でしかもサウナ付き!
朝食はバイキングだしチェックアウト11時だし、ほんと理想的です。
何よりドームまで徒歩5分!
ああ明日も泊まりたかった…

あれ、ライヴの感想が少ない;
いやもう永遠に時間が止まらないかなと思いましたよ。
でもそれは自分が楽しいからというより、よっちゃん的に。
あの人にああやってずっと花道を走り続けてほしいというのは、18年来の悲願です。
しかしとりあえず、ドラム台が上まで上がってる時に椅子の上に乗るのはやめてクレ。
(声も出なかった女)

声といえば、私今日は今まで呼んだことないくらいヒースの名前を呼んだ。
加入以降、下手したらスギゾーの方が呼んでるくらいの勢いだったけど、今日の私のヒースコールは凄かった。
最後ヨシキの手を引いて走りだした時は発狂寸前だった。
だってですなー!! あの、常にぎこちなかった二人が!! しかも末っ子の方から!!
たのむTBS、心を入れ替えて応援するから、あの映像だけはぜひ…!!

をを長い; 携帯から書いてるとは思えない長さですね;
ビール飲み終わったら化粧落として風呂行って、明日に備えて早く寝よー。
私まだオルガスム聞いてないしスタンディングとかサディスティックとはあきらめてないから!
ああしかし何年ぶりのドームだったんだろう。超感無量。

帰宅してます。

参戦してきました、4日のサミット。
私ずっと自分では「参戦」って言葉を使ってて、時々おかしいのかな?と思って「参加」にしたりしてたんだけど、
やっぱりみんな「参戦」って使ってたんだ、とtoshiブログを見て安心しました。
言いますよねえ、サッカーファンじゃなくても「参戦」って。

それはどうでもいいんですけど、とりあえず筋肉痛です。
首と肩がバリバリです。勿論ヘドバン痛です。
体が覚えてるもんだ、と感心するほど、エックスの音を聴いた途端に首が動きました。

思ったこと、書きたいことは一杯あって、携帯には色々メモりまくってるんですけど、
感想とかはまだちょっと書けないです。切れ切れの感想すぎて。
木曜金曜は休みなので、その二日間で感想をあげられたらいいなあと思ってます。
(そう、5日も6日も7日も仕事なのです)

とりあえず、私はこの10年、この日のために生きてきたのかもしれない、と思いました。
本望すぎて、死にそうに幸せです。こんなに幸せなことってない。

そしておかげさまで、チケットも無事2枚とも引き取っていただけて、
おまけに4月30日の項で書いていた、
「酒なんか呑みながら、朝まで誰かとエックスについて語りあかすのが、今のささやかな夢」
という夢までかなってしまいました!
本当に嬉しい。お付き合い下さった方々、本当に有難うございます**

ちなみに4日終演後は、23時すぎに新宿に着いて、翌2時すぎまで呑んで、5時までカラオケしてました。
もちろんエックスとhideオンパレード。
そして皆と別れ、6時の始発新幹線に乗って、9時10分に帰宅しました。
家を出るまで1時間もなくて、化粧も落とさないまま、体だけ洗って、録画予約し直して出勤しました。
ちなみに仕事は10時半から19時まで(本日6日も明日7日も同じ)。

ダッシュで帰宅するとWOWOWのサミット映像を見ました。
ていうかちょうど20時すぎからエックスだったので、ラストまでばっちり見てしまった!
アホだ、激疲れてるのに……でも超リアルに思い出せて大満足です。
高画質で録り直せたのもよかった! ああ~しあわせだ!!
なんか、誰かに騙されているような変な感じがして、いかに自分がしあわせに慣れていないのかという…笑。

でも本当によかった。
創造をリアルタイムで見た時にも思ったけど、本当に、生きていてよかった。
あの日と決定的に違うのは、皆と空の下でXジャンプできたこと。
部屋で一人で映像を見るんじゃなくて、皆で笑って、皆で泣いて、皆で感動できたことに感謝したい。
同じ感動を、痛みを、分かち合えたことに感謝したい。

そして一番、一緒に見て下さった方に。
本当に本当に有難う。
ライブ中横を向いて話しかけられる人が現れるなんて、一週間前まではまったく思ってもみなかった。
最後まで望みは捨てなかったけど、あきらめかけていた。
あきらめないで、最後まであがいて、本当によかった。
今、めちゃくちゃ幸せです。

日記の下書き

(結局どこにもアップしなかった日記)

この爆音と、神速のツーバスだけが私を生かす。
生かしめる。

これなしで、
10年間、どうやって生きてきたんだろう。
どうやって



4日の朝、
街を歩いているだけで涙がこぼれていたけど、
帰る頃には



10年前、京都の街を魂抜かれたまま一人さまよったあの夜から、
なんて長い時間が過ぎ去ったんだろう。

なにを求めてさまよったのか、
どうしたかったのか、
今でも判らない。
京都の、何もない、暮れゆく空の色と、
ビルの群れだけ覚えている。

あの日隕石が落ちた。
空が暗くなった。
太陽は昇らなくなった。

どのようにして生きてきたのかもう思い出せない。
必死で生の匂いのするものにすがりついた。
何でもよかった。藁に縋りつづけた。

あの人が生きていたからだ。



愛している。

そんな言葉を大まじめに吐くのはもう何年ぶりか。
心の中で、何度も、絶え間なくこの言葉があふれるのは、
きっともう十数年ぶりになる。

愛している。
本当に、言葉だけは知っていてもその意味は知らなかった、
そんな十代の少女だった女が、
今では永遠の愛を知っている。
何万言語るより深く、愛の意味を知っている。

3月30日のライブ最中に思ったこと、直後に思ったこと殴り書き

(どこにもアップしなかった日記の断片)


私は、私たちは、なんてかけがえのないものを失ってしまったのだろう。

希有なひとだった。

幽霊でもいい、とあの場にいた誰もが思ったにちがいない。
3Dと知るよりは、幽霊であることを皆が望んだだろう。



1億5千万の科学の結晶はすごい。たしかにすごいけれど、
昨日だけは、幽霊の存在を信じていたかった。
あれは科学じゃなくて幽霊なんだと思いこみたかった。

でも本音を言えば、
背中にファスナーがついていてもいい、
10年間騙されていたとしてもいい、
あの炎天下の中、長蛇の列に並んだことは茶番でもいい、
戻っていてほしかった。
あれは嘘だったんだよ、ごめんねと。

10年たっても、まだそんな夢を見ている私がいることに何より驚いた。



死んだひとを偲びたいきもちは勿論ある。
でも、生きているひとが死ぬのは嫌だから、意識がそちらにいってしまうのは、もうどうしようもない。

やっぱり、あんなきれいないきものは見たことがないと思った。
今になってもそんなきれいな顔で笑うのね、と思った。



あのひとを、書かなければならないのかもしれない。
もう100回くらい思ったことをまた考える。

私にセンスとか美意識とかいうものがあるのだとしたら、
それは間違いなくかれらによってつくられた。



距離をうまくとっていけたはずだった。
丁寧に丁寧に、その上から見えないように糊塗していったといってよかった。
でもふとしたきっかけでそれはすぐに露呈する。



たったこれだけのことのために10年。
10年かかった。
壊れてからもとに戻るまで10年。

10年。

10年てどれだけの期間なのか時々判らなくなる。

壊れた後、10年間、息をひそめるようにして耐えて、忍んで、そして待っていたことについては、自分を褒めたいと思う。

10年。

すべてが昇華されてもおかしくない期間だ。
自分は変わったのだと、奴らは変わったのだと、そう吐き捨てるようになったとしてもおかしくない期間だ。
こんなに長い期間、
暗く、つめたい闇の中で、たったひとつの光だけを信じて、安寧への誘惑をふりはらって。



10年前から、何かあるたびすぐに生きることに倦みそうになる私だけど。
今日この日まで、惰性でもなんでも、義務感でもなんでも、生きてきてよかった。
報われた。

「生きていると、たまにはいいこともあるのねえ」と呟いたのはたしか日韓W杯、ロシア戦の日本初勝利。
それ以来初めて、生きていてよかったと心底思った。あの時とはくらべものにならないほどの感動と共に。



これほどまでに深く「生きていてよかった」と思ったこともなければ、これほどまでにその言葉をくりかえし口に出して言ったこともなかった。
多分20回以上はくりかえしたと思う。
生きていてよかった。
10年間、惰性でも何でも、義務感でも何でも、意地でもなんでも、生きつづけてきてよかった。

生きていることはすばらしい。
そしてどんなに言葉を飾っても、死は辛く悲惨で、そのひとを愛する者にとっては救いようがない。



生きていてよかった、ととなえつつ、
でも「生きていて」って何かちがうよな、と頭の隅で考える。
まるで深く考えないままたまたま偶然生きているみたいではないか。
まあ偶然も幸運もあるのだろうが、
私は常に生きることを選んできた。
「このままここで死ぬことができたら」
「誰か殺してくれないかな」と思ったことは一度や二度ではない。
でも、何かあるたび、「生きたくて生きてるんじゃないよ」と愚痴りつつ、
「あの人が生きてるんだから」と念仏のように唱えて、
何とか生き抜いてきた。
10年。
お題目みたいに同じことをそう唱えて、よくもまあ耐えたものだと、そのことだけは自分を褒めたい。



あの人がいつでも笑って走っていてくれるように
あの人が私以上に長生きしますように
願わくば最後までXでいられるように
またバラバラになったりしないように
気が向けばいつでも、今日と同じことができるように

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