記事一覧

謹賀新年

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
三が日過ぎちゃいましたけど。でも元旦からずっと、過去記事アップだけは続けてたのでした。そっち優先だった。
で、正月休みが残り一日となった四日目、ようやく、2014年脱皮(というか解脱)にまで行き着きました。
ほんとは12月まで全部アップしたかったけど…どうだろう。この後の予定の消化具合にもよりますが。
自分的には、「ここまでは」というところまで行きつけてよかったです。


どうやって脱皮(解脱)したのか、見返してもよく判らない、みたいなことを呟いたのですが、
やはり何かきっかけがあっていきなり解脱したというよりは、一か月以上ずっと、毎日のように朝まで情報収集して、
自問自答を繰り返して、見たくない過去と向き合って、考えて考えて考え抜いてきた、
その結果が突然ぽんと浮かんだだけで、土壌がなければ到達出来なかったのかもと思います。


でもあえて言うならやっぱりヘドバンのTOSHIインタは抜きに語れないかな。
MSGで「92年からダイレクトに繋がった、断絶感がなくなった」と感じ、すぐに「今の方がいい」と思うようになったとはいえ、
ヘドバンで、彼らのリアルな言葉で色々考えた結果、はっきり「生きてる人を優先したい」というスタンスに切り替わった気がする。
勿論その後も死者のことを考えて鬱々する時もあるんだけど、でも意識的には切り替わっている。
悩みながら迷いながら、今いる人たち、その関係に目を向けて、理解しようと努めている。


そして、過去より今!っていうところから、拒絶している時期のことを浮き彫りにして、自分の不信・疑念・失望から始まる懺悔を経て、
なかなか今まで認められずにいたことを赤裸々にばーっと告白してカタルシスを得たところで、突然解脱したような気がします。
その後すごい楽になった。本当に肩から憑き物が落ちたというか、暗い淵から抜け出たというか、心が軽く、前向きになってきてる。
再結成以来何度も、「認めてる、克服してる」と自分に言い聞かせてきた感があったけど、本当のところは出来てなかったんだなと思います。
本当の意味で楽になるには、これぐらい見たくなかったこと、考えたくなかったことと徹底的に向き合い、荒療治する必要があったんだなと。
あくまでも、私の場合は、ですが。そして、たまたまうまくいっただけなのかもしれない。


向き合った結果以前よりだめになることもあり得るから、過去にこだわってる人に「とことん向き合うといいよ」なんてとても言えない。
でも、一つの例として記録しておきたいと思います。
あの時荒療治のため吐き出した赤裸々な言葉には、今見ると酷いものも痛いものもあるけど、そこまで書かないとだめだったという意味で、
よっぽどこれは…というもの以外は、当時のまま、ここに書き記しておきたいと思います。
本当に、脳内でさえ言語化するのを拒否していたことを全部活字にしたことで、もう何かふっきれてしまったんだなあ。
考えるだけじゃなくて、書くこと、それも一投稿140文字以内にまとめることが、脳の活性化に繋がっていい影響を及ぼしたのかなと、今では思ってます。

年の瀬に寄せて

こちらの日記は年末中には書きにこないはずだったんですが(多分すぐに怒涛のコピペが始まるから)、
たった今、探してたDVDが大量に見つかってホクホクしてるので記念に。


08年から、何かあるたびWOWOW契約して録りためてきたDVDを、まったくファイナライズできておらず、
自分のテレビを買って以降、一度も見返したことがなかったんですよね。それがずっと気になっていて。
自分の中で一気に気持ちが加速したこの年中に、全部見つけることが出来てとってもしあわせです。
こういうのってほんと機会がないとずっとずるずるしてしまって、ついにはレコーダーが壊れて二度と見られない…
とかになりかねませんから、私の場合…。ほんと今年中に出来てよかったです。


2014年後半、本当に自分の中で「まさか!!」っていうくらいに気持ちが盛り上がって、すごく楽しいです。
ほんとに前半は生きる屍のようだったというか、YOSHIKIのクラコンに行ってもまったく呟くことも日記書くこともせず、
もうこのまま日常に埋もれていけばいいんだわー私なんて…世間並みの暮らしをしていくべきなんだわいい加減…
というくらいの気持ちだったのですが、9月30日横アリ当日、必死で何かと戦うようにして後巷説百物語を読んでた私は、
突如として「普通の日常で生きていけるはずがないわ」と思い立ち、横浜に向かい、そして覚悟を決めたように思います…
その辺はまたおいおいtwitterログをアップしていく中で赤裸々になるんでしょうけど…


「Xにとらわれている以上、普通の生活はできないかもしれない、世間一般のしあわせは求められないかもしれない、それでもいい」
という気持ちに、今はもう戻っています。
2008年の私には勿論その覚悟はあった。
でも、なかなかXとしての活動を見られなくなっていって、知らないうちに世間の方に近づいていたんだなーと思ったり。
虫も殺さないような作り笑顔で、コンサバなメイクとファッションと仕草で、化ける術ばかり覚えて、世間に溶け込んでいるけど、
いや私の基本はバンギャでしょ、上がってないでしょ、本尊が存在してるんだから、ということをつくづく噛みしめました。


来年は自分が取り組んできたこと関係でも勝負の年で、化ける機会も増え、世間に迎合しないといけないこともあるだろうけど、
本尊が大爆発すると仰るのであれば、共同体としての自分も全力で食いついていきたい、と思っている所存です。
頭があちこちに飛ぶので(仕事と取り組んできたこととXと、他にも)わけが判らなくなったり、情報追えなくなったりしそうですが、
何とか出来る範囲、手の届く範囲のことは頑張ってやっていきたい、と思っています。
こうやって何か記録していくことも必要だなと。主に後から自分が見返す時のために(笑)。


本当に自分のために呟いたり記録したりしている人間ですが、来年はもうちょっと共同体の方々と繋がれたらいいな♡と思います。
よろしければ、来年もどうぞお付き合いいただけると嬉しいです。よいお年を!

ブログ復活しました。

と、下の記事でちゃんと書いてないので一応ご挨拶を。


09年4月1日の日記を最後に、このブログの更新が止まっていました。
その記事にある、新ブログに以降したから、ということもあるけど、それも途中で更新しなくなって。
エックスと全然関係ないサイトを持っていたのですが、そちらで呟いたり日記書いたりしてました。
そこをやめた後は、これもX関係ない、鍵付きのtwitterで呟いてました。エックスに何かあった時だけ。


2014年夏以降、エックスの動きが激しくなると共に、ツイートが劇的に増えました。特に横アリ以降。
関係ないジャンルのtwitterでそのまま呟き続けるのは見てる人に対してもどうなの?という気持ちもあり、
また、固有名詞を隠そう隠そうとしすぎて、後で見返した時、自分でも何を言っているのかよく判らない(爆)とか、
6月のYOSHIKIのクラコンについてまったく呟かなかったりとかの個人的な後悔もあり、
また、12月ToshIディナーショーに行った時知り合った方がtwitterされていて繋がりたい!と思ったこともありで、
とりあえず、エックス専用のtwitterを作ることに決めました。


で、twitterのプロフィール欄には、URLを入れる欄があるのですね。それを見ていると、何となくここのことを思い出して。
今まで方々で書き散らかしていたエックス関連の呟きや日記やmixiをたまに見返したくなることを思えば、
復活するついでに全部一つにまとめてしまえ~と思い立ったのです。
なので、ブログ復活とともに、過去記事を大量にアップしました(おかげでtwitter作成にもえらい時間がかかりました)。
twitterの鍵を開けたのは確か12月23日。人様をフォローさせていただいたのは、26日からです。
初めましての方も、あ、この文章mixiとかで見たことあるわ、という方も、どうぞよろしくお願い致します。

X関連で書いたものをまとめました

このブログの復活にあたり、これまで色んな場所でXのことを書き散らかしてきた記事をまとめました(再結成前~横アリ直前)。
あまりにもどうかと思われるところだけ割愛してますが(それでも充分痛々しい)、2014年9月29日までは大体すべて転記したつもりです。
コピペしまくって思ったのは、「私、あまりにも色んな場所で書き散らかしすぎ」。
探したり見返したりするのが本当に大変なので、これからはここかX用twitterだけに書いていきたいと切実に思いました。
でもTLに載せたらどうよと思われることは、まず鍵付きアカで呟いてから転載するかもしれないけど。


まとめたからどう、っていうわけではないのですが、自分の葛藤や期待や、当時ならではの心配が赤裸々で、
そういえばそうだったと思い返すことが出来て、自分的にはとても有意義でした。
今は復活した彼らを当たり前のように受け止めて、その上でごちゃごちゃ言ってるわけだけど、
あの、無から有に変わった時の、世界が生まれ変わったような内心の動揺っぷりは凄まじいな、としみじみ思いました。
何とかそれを表現しようと試みているけれど、全然出来ていない(笑)。
本当に、今Xが存在しているという当たり前のしあわせに慣れ過ぎてはいけないな、と自分を戒めています。


再結成後もずっと色々あったわけですが、その時々で色んなことを考えて書いているんですね、色んな場所で。
自分が何にこだわっていたのか、何に苦しんでいたのか、どうやって解放されていったのか、
一枚一枚衣を剥いでいく、というような甘いものではなく、蛇や蝉が成長するために命がけで脱皮していくような、
そういう様子がありありと見えて感慨深かったです。
このブログを復活して記事をまとめる、っていうのは、本当、今この時期でないと無理だったんだな、と思います。
この3ヶ月間は殻を脱ぎ捨てる最後の苦しみで大変だったけど、無駄ではなかったんだなと、少しほっとしています。
でもここまでの作業を、もうちょっと早く終わらせたかったなー笑。
横アリ当日からの、約三か月間の脱皮の記録については、年末年始にでもゆっくりやりたいです…

はじめに

(※実際は、2008年4月26日に投稿した最初の記事です)


ローカルの日記に発表のあてもなく書き散らすんじゃなく、他ジャンルのサイトやブログで固有名詞を出さずに呟くんじゃなく、この奇跡が続いているあいだ、
すべてが終わってしまわないあいだに、ネット上で日記をつづっていくべきなんじゃないかと思いはじめた。
10年以上前の日記を今さら読みかえす私なんだから、ネット上に書き残しておくことは管理上自分のためにも都合がいいし、
もしかしたらそこから情報を拾ったり、共感を覚えたりしてくれる人たちがいるかもしれない。
そのような思いからこの日記を始めてみた。
私にとって検索避けなしの日記は、2005年に書いていたサッカーブログ以来になる。

自分だけが見られるローカルサイトではなく、世界中に公開したいと思うようになった理由は、自分でもよく判らない。
私自身は、コアな情報満載でない限り、「自分とエックスの歴史」というような日記は読まない。
かれらと長くつきあっていればいるだけ、「自分とエックスの歴史」というものはそれぞれ増えていくのだろうし、考えたこと、感じたこと、判ったことというのは、
当然ひとりひとり違うのだろうと思う。
自分があまり興味を持てないのに、人様に興味を持ってほしいなどとは思わない。多くの人に読んでもらいたいというのとも違う。
ただ、どうせ自分のために日記を書くのなら、それをきっかけに友達ができたりする可能性があるものにしてもいいのではないかと思ったのだ。


私は現在、エックスとは16年半の付き合いになる。
私は最後の「エックス」世代、下にJAPANがつかなかった頃、TAIJIがいた頃を知っている世代。ギリギリで創世記に立ち会えたといっていい世代。
一度はあるていど落ち着き、解散で割りきったはずが、HIDEの死によってエックスは口に出すことも見聞きすることもできない存在になってしまった。
かれが死んでから私は本当に抜け殻だった。死なないから生きていた。
そして誇張ではなく、「YOSHIKIが生きてるから私も頑張って生きよう」と思っていた。YOSHIKI自身の情報を追うことは一切しなかったにもかかわらず。
そんな不自然な状態から、この3月30日、初めて解放された。
最後まで迷ったけれど、3DAYSは仕事も都合もあって見に行くことができなかった。完全に「救われた」と感じたのが最後の夜だったというのもある。
次の日の朝から、私の世界は色が違っていた。音楽は美しく鳴り、視界はあざやかになり、私自身の心持ちや言葉もポジティヴに変わってきた。

さまざまな不安は当然ある。そもそもの問題は片付いていないと思われるし、始まりがあれば終わりもまた来る。
それでも、終わったまま、ゼロの状態よりは、不安定でもプラスの状態がいい。
エックスという存在が過去のものではなく、現在進行形であるということを何より大事にしたいと考える。
かれらの活動がいつまで続くかは判らない。すぐにでも終わりかねないし、その覚悟は決めておかなければならないのだと思う。
だからこそ、この貴重なあいだに、やれること、やりたいことは何でもしておこうと思った。
一人でもいい、判り合える同志を見つけたいという欲求もまたそうだ。
もしこのブログのどこかに、少しでも共感いただけたら、メールなどいただけると幸いです。

ページ移動

  • 前のページ
  • 次のページ